2010年07月10日

そこは桃太郎ワールド


愛知県犬山市に、知る人ぞ知る、
「桃太郎神社」というB級観光スポット・・・もとい立派な神社があり、
昨日遊びに・・・もといお参りに行ってきました。

桃太郎はこの犬山の地で育ち、すぐそばの川にある「鬼ヶ島」
(「鬼ヶ島」という島、というか岩場がいまもある)
に鬼退治に行ったという言い伝えが残っているだけに、
なかなかのこだわりのある神社でした。

まず、この入り口。
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いきなり桃太郎が露わな姿で登場します(笑)

そしてこの鳥居をくぐって階段を上ると、左手に
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桃の形をした鳥居の出現!

さらに奥には「宝物館」なるものがあり、桃太郎に少しでも関係すれば
展示しちゃるわい精神でいろいろなものが飾られていました。

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宝物館の前には桃太郎やお供のきじ、猿、犬、それに鬼のオブジェが何体も。

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「やさしい鬼」

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途中から雨に降られて、駅までの道(徒歩で30分かかる)が大変でしたが、
それでも行く価値はありました。


興味深かったのは、その昔、犬山で「鬼ヶ島」と言われる場所には
実際に悪党がたまり場としていたらしいのです。
彼らが住民を困らせていたとしたら、
「魔除け」効果のある桃を用いて、彼らを懲らしめる物語が生まれてもおかしくはないなと思いました。

ただ、wikiで桃太郎の由来を調べると、もっともらしい説明がいっぱい載っているので、
もし犬山が由来の地じゃないとしたら、逆に桃太郎伝説を伝え聞いたこの地の人が
悪党を鬼と見立てて、彼らのたまり場を「鬼ヶ島」と呼んでいた、
という可能性もあるのかなー、と。

まあ、何でもいいんですが。


とにかくこの桃太郎神社は、見応えがあります。
愛知県に来られることがあれば、国宝・犬山城(一見の価値あり!)と合わせて
犬山にも寄ってみてください♪

posted by ともちゃん at 21:06| Comment(5) | アホ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

マリの旅しめくくり

マリでは観光だけでなく、知人の仕事(調査)にも同行させてもらい、
ブルキナでは見たことがない自然環境や民族の生態にも触れることができました。

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↑なんといってもマリには雄大なニジェール川が流れてます。
橋はなく、舟が人もバイクも車も運んでくれる。

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↑雨季に入ったばかりの頃。午前中通った所が、昼の雨で道なき道に。
ここは雨季が本格的に始まるとニジェール川の一部になってしまう。

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↑移動するプル族。私のいたブルキナのドリにはプル族が多く住んでいるけど
多くは定住している。草のある場所を求めて移動するプル族は初めて見た。
(ブルキナにも「移動するプル」はいるみたいですが)

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↑家財道具全部持って移動する。
荷物が少なくて、無駄なものが少ないシンプルな生き方にちょっと憧れた

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↑漁民ボゾ族の子どもたち。やっぱり黒い!ボゾ族の村を訪れると
子どもも大人(主に女性。作業の手を止めて)もわんさか集まってきて
誰かが太鼓でリズムをとり、わいわい踊り始めた。
漁師気風というのか、明るくてノリのいい人たちだった。


移動も含めて一週間の滞在でしたが、マリを大好きになって帰ってきました。
何よりも、人がよい。
ブルキナの人もそうですが、会う人会う人気さくで、穏やかで、
人情に厚く、利に疎く(だから発展できない?)、
観光地だからといってしつこいガイドや物ねだりな住民や物を押しつけてくる
土産物屋もほとんどなく、とても居心地のいい国でした。

マリがブルキナより優れていると感じた点は、
道路などのインフラの整備状況がよいこと、
観光資源の価値を認めて観光地整備やガイド養成を行っていること、
公共交通(乗合の車など)の状態がブルキナよりマシなこと、
政治がより民主的に機能していること(トゥレ大統領は国民に愛されている印象)、
の4点でしょうか。

今回、首都バマコは遠すぎて行けなかったのですが、
ブルキナの首都ワガドゥグよりはるかに規模が大きいそうです。
また機会があれば訪れたい国の一つになりました。


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↑セバレで泊まったホテルvia viaの入り口にいるオーナー。気のきくいいホテルでした。

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↑最近、マリも治安が悪化しているらしい!?


posted by ともちゃん at 20:14| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界遺産ジュンネ

ドゴン族の地に続き、もう一つの世界遺産(文化遺産)ジュンネにも行ってきました。
ジュンネで有名なのは、巨大な泥のモスクと月曜市です。

月曜日に行かないと意味がなく、他の皆さんはもちろんお仕事なので
ジュンネへは一人で行きました。

セバレの町から南南西に100km程度行ったところにあります。
マリの首都バマコへ向かう定期バスで近くまで行き、
そこから乗り合いをつかまえて向かいました。

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↑途中、ニジェール川の支流・バニ川に道を阻まれ、カーフェリーで川を渡った

ガイドブックや紹介サイトに掲載されている写真では、
巨大モスクは本当に巨大で、実際に見たらどれだけ迫力があるだろうと
期待を胸にモスクに向かったんですが、、、実際は思ったほど大きくなく、ちょっとがっかり。

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↑撮影もあんまりうまくいかず・・・。手前が市場で、奥がモスク。

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↑モスク、横から。ただいま改修中らしい。

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↑月曜市はなかなかのにぎわい。

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↑町全体をガイドしてくれたユスフ。最初は一人でまわろうと考えていたが
彼の最初の誠実な対応ぶり(ガイド料も最初の言い値から高くなかった)から
彼にお願いすることにした。結果、モスクや市場だけでない町の素顔が見られてよかった。

ところでジュンネの町の歴史についてガイドのユスフからいろいろ説明を受けたのですが
断片的な情報しか頭に残っていないので、サイトから抜粋。

「ジェンネの現在の町は9世紀末から10世紀初頭にかけてマルカ(サラコレ)の人々により
形成されましたが、そのはるか昔、紀元前250年頃にこの周辺にジェンネ・ジェノという
集落も存在していました。 ティンブクトゥと「双子の姉妹」と呼ばれ、マリ帝国の時代、
13世紀頃から学芸や宗教の中心都市と栄えモスクもこの頃に建てられました。
その後、ソンガイ帝国になりモロッコの侵略を受け、ジェンネは徐々に衰退していき、
バンバラ、トゥクルール帝国の支配を経て、1839年にフランスの植民地となり倒壊します。
現存のモスクは1907年に再建されたものです。
(道祖神サイトより抜粋 http://www.dososhin.com/dictionary/detail.php?id=ML) 」


ジュンネの町は、モスクや市場よりも、町の人とのおしゃべりや
住宅などの建造物の方が印象に残ってます。
世界遺産になっているにも関わらず、素朴でおもしろみのある町でした。

帰りはホテルのあるセバレの町まで乗り合いで戻りました。
途中、砂嵐と大雨に見舞われて髪の毛も服もぐちゃぐちゃになったけど、
車の中のおばちゃんたちと仲良くなって、笑いっぱなしの楽しい時間になりました。

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↑ユスフによると、ジュンネには3タイプの建造物があるそうな。
モロッコ様式とアラブ様式とあともう一つは・・・忘れてもーた!
ちなみにこれは・・・何様式かも忘れました・・・出来の悪い生徒ですんまそん

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↑昼食はガイド・ユスフの家で。娘のナナちゃんと、息子のムサ。
ムサが履いてるのは私のサンダル。
posted by ともちゃん at 19:24| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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